ANA国内線【PR】
カテゴリ:Theater
  • 静岡の若者たち
    [ 2011-08-22 08:35 ]
  • ベルリン 純粋なアーティストたちに触れた夜
    [ 2010-02-17 07:18 ]
  • 池袋へ芝居を見に行く
    [ 2009-09-13 07:32 ]
  • U23D
    [ 2009-03-09 19:22 ]
  • モントリオール交響楽団のガラコンサートに行った
    [ 2009-01-14 20:23 ]
  • 劇場にいた
    [ 2007-04-16 07:05 ]
  • WINDOW
    [ 2006-10-09 07:26 ]
  • 人間と動物のあり方
    [ 2006-05-14 06:40 ]
  • 意識して芝居をみている
    [ 2006-02-18 07:29 ]
  • 舞踏を見に行く
    [ 2006-02-05 07:56 ]
静岡の若者たち
静岡芸術劇場SPAC に日帰りで車を走らせた。昨日は一日中雨模様で、特に帰阪途中の伊勢湾岸道を通っていた時の土砂降りが物凄かった。あれ程の降りはかつて経験した事が無いんじゃないかって思うくらい。

そんな強行軍に挑んだのは、この日どうしても気になっていたダンスの演目を観たかったから。静岡の中高生から選ばれた10人が、世界的な振り付け家でアフリカ人のニラカムさんと出会い、生まれた作品、タカセの夢。この作品は東京のシアタートラムでも上演されて、この度静岡で凱旋公演を行うというので、とにかくいって観たのだ!





舞台芸術公園は日本平に有る。こんな山の中に本当に劇場が?なんて思うくらいの場所。緑に囲まれた建物が雨に濡れてとても美しい。楕円堂は屋内型の小劇場であり、ここには他にももう一つ、大きめの野外劇場がある。

選ばれた静岡の中高生達は、爽やかでとても良かった。主役だったタカセ君は中学二年生!変声期を迎える頃のハツラツとした声と動きが印象的。他の9人の女の子達もそれぞれの個性があり、際立っていた。

この時期特有の輝きをとらえて、こどもたちを開放的に導くことに成功したのは、振り付け家の持っている天来の明るさが大きな役割を果たしているのだと思った。きっとこの体験は参加した彼らの人生を良い方へ導くだろう。そんな明るい未来への兆しを感じさせる。観客は皆、幸せな気持ち感じたであろう。僕も同じく。

こういうことに公共の劇場の可能性が有るのだと、今回実感した。インキベーションとしての公共の存在。あらゆる世代の出会いと交流の場。これを成し遂げたSPACのスタッフと若者たちに僕は拍手を贈って素敵な気持ちを抱えたまま帰路についた。
by nakadachi2 | 2011-08-22 08:35 | Theater | Trackback | Comments(0)
ベルリン 純粋なアーティストたちに触れた夜
今回僕がベルリンにやってきたのは、友人であるYannがここで作品を上演すると聞いたからだ。写真はそのポスター。駅の出口などには大量のポスターが貼ってあり、それは上から上から張り重ねられていく。このポスターも数時間後には見えなくなっていた。
この公演の日、Yannが僕のために忙しい中時間を作ってくれた。夜待ち合わせをして一緒に劇場へと向かう。
夜の街を歩きながら、時折寒さに耐えかねてカフェに立ち寄り暖を取る。


劇場に着くと幾人かのアーティストに紹介してくれる。彼らは日本から僕がこのスペクタキュラを観に来たと告げると、「信じられないよ!本当に感動だ。」などと無条件に喜んでくれる。作品はクラッシックのオーケストラ達(若手で才能がある)が、インダストリアルな表現や古典のハイドンなどを組み合わせて構成される。Yannの役割は音楽家達に動きをつけたり、照明のデザイン、セットの一端に至るまでマルチに及んでいる。つまりは全体演出のような仕事だ。ショーはとても面白かった。長いノイズの不快感を恐れないアーティスト達の意欲と、それを受け止めようとする観客の成熟が刺激的だった。こういうのはなかなか日本で見ることはない。
公演が終わると、観客とアーティスト達が劇場のカフェに溢れかえって、この作品に対しての意見を交換する。みんなビールやワインを片手に夜遅くまで語り合っていた。「いくつかの失敗もあったが、おおむね満足しているよ」とYannがいった。「それは良かった」と僕はいう。気持ちの良い夜は深夜まで続いた。
by nakadachi2 | 2010-02-17 07:18 | Theater | Trackback | Comments(0)
池袋へ芝居を見に行く

さてさて。やってきたのは池袋。この亀のような形の建物は東京芸術劇場です。池袋の駅前にありますが、広大な敷地を持ち、広々としています。劇場の前には野外劇場、噴水などもあり、都会の休憩所にもなっています。


今年より、こちらの劇場に芸術監督として野田秀樹さんが就任されました。劇場に行くと、どーんと大きくなった野田さんがお出迎えしてくれます。


この吹き抜けの部分には、夢の遊民社時代の作品のセットに使われた幕がディスプレイされてます。なにやらサーカスのような雰囲気を醸し出してますね。


この日、見たのは大竹しのぶさんとの共演でも話題の「THE DIVER」を見るためでした。


もちろんこれだけのために東京に来たわけではなく、いろいろな人に会って、話をしました。官庁などに出かけたり、劇場の人とあったり、かなり濃厚な東京滞在でした。今日は大阪に戻ります。
by nakadachi2 | 2009-09-13 07:32 | Theater | Trackback | Comments(0)
U23D
昨日、天保山のIMAXシアターにて、観て参りました!U23D!!!!



もう何度もU2についてはこのブログでも触れていますが、昨年日本でも開催されたツアーの内容そのままに、3Dの目の前に広がるど迫力映像で展開されるのが「U23D」です!

U23D公式HPアドレスhttp://www.u23d.jp/index.html

日本の詳細HP http://www.suntory.co.jp/culture/smt/theater/nextmovie2.html

しかし、これは一度体験すると、すごいです!もう単なる映像体験を越えてます!音も最高にいいです。どこから聞こえるのか、スピーカーの位置もわからないほどに、音が飛び交っています。

今月いっぱいなので、見に行ってください!一日に19時から一回しか公演していないので、ご注意を。それに400人のキャパがある会場が、悲しいほどのファン数しか座っていないので、もう独り占め状態で体験する事が出来ます!

必見です。僕はもういちど行くかもしれません。
by nakadachi2 | 2009-03-09 19:22 | Theater | Trackback | Comments(0)
モントリオール交響楽団のガラコンサートに行った
モントリオールに滞在している間に、出来れば一本でもいいから芝居が見たいと思っていた。だって、モントリオールは芸術の都!世界的に有名はシルクドソレイユなどのヌーボシルク(身体で魅せるサーカス)から、音楽、映画、演劇など、さまざまなジャンルでの芸術文化が日々体感できる街なのだから。それで、いろいろとインフォメーションを調べてみたのだけれど、うまく見つからない。たまたま、ケベック在住の光と映像の魔術師「ロベルト・ルパージュ」が地元でショーを13日からやっていて、「それ!絶対みたい!!!!」となったのだが、チケットが二月分までずっとソールドアウト!うわあ!残念!!でも、ある意味いくら世界的とはいえ、ルパージュのようなアーティスティックな作品が、そんなにも支持されていることに驚いたり、感銘を受けたりしたのだった。

そんなこんなであきらめかけていたところ、アパートにほど近い「Palces des Arts」の劇場でモントリオール交響楽団のガラコンサートがあるのを発見!この楽団、前回来た折りに新しい常任指揮者が入って盛り上がっているという噂を耳にしていたのだ。しかもその指揮者が日系三世アメリカ人の「Kento Nagano」だった。



これは行かねばなるまいということでチケットカウンターに向かったところ、なんと舞台最前部下手の枡席をゲットできた!すばらしい!

コンサートは夜の八時から。劇場に着くと、少々アダルトな客層で、みんな銘々にドレスアップしながらもラフな感じで、地元のオケを気軽に楽しみに来たという感じ。クロークにコートを預け、席へと向かう。席に着くと舞台は目の前。すでにオケはスタンバイしている。



そして、「Kento Nagano」登場!いきなりの一曲目は中国人の作曲家の曲で、まるで合戦シーンにでも使われそうな劇的だが、息を詰めるような緊張感のあるナンバー。観客にこれをぶつけてきたかという、挑戦とも受け取れる気合いが感じられる。しかしどうやら、彼はこういったタイプの曲が好きらしい。二曲目も同じような感じで一部は終了。二部に入るとテノールとバリトンの男性歌手を二人招き入れ、柔らかな感じの春を感じさせる曲。そうか、ガラコンサートだもんね。

「Kento Nagano」の印象は端正なインテリという感じだ。精緻なタクトで実力は折り紙付きらしく、ベルリンやアメリカでも振っていたそう。好みはわかれるだろうが、一曲目の挑戦的な演目が僕は好きだな。



最後はあたたかな地元の人たちのスタンディングオベーションで幕となった。こういう風に気軽にコンサートを楽しんでいるって、本当に豊かだなと思ってしまう。モントリオールでは企業などが得た収益の1%を必ず芸術のために使わなければならないという法律がある。そういう風土が、伝統はなくても新しい世界的な文化を生み、はぐくんできたのだろう。人生における豊かさとは何かという項目を、改めて考えてしまう。

劇場を出ると、目の前にあるカフェに人々があふれている。これから今日のコンサートのことをそれぞれに語り合うのだ。いろんな解釈があり、意見を言い合うのも劇場の楽しみ方である。それはコミュニケーションを活発化させるし、当然脳も活性化させるだろう。生き方のスタイルを学びつつ、音楽という遺伝子の伝承を楽しむ。

アパートに戻ったら、デジタル時計は10時50分を示していた。夜は大人を味わう時間でもある。外は寒かったが心はぽかぽかと気持ちがいい夜だった。
by nakadachi2 | 2009-01-14 20:23 | Theater | Trackback | Comments(0)
劇場にいた
ここ数日、東京にいる。出張でいろんな人と会い、話をしている。今日は久々に時間があったので、なんとはなしに渋谷に出た。ものすごい人の数。そこから逃れるように文化村のシアターコクーンに行く。確か、美術系の本や商品を売っている店があった。そこを目当てに行くが、店は見つからなかった。どうやら思い違いをしていたのかもしれないなと、帰ろうとしたところ、劇場の入り口あたりが騒がしい。現在上演中の【写楽考】という芝居の立ち見が売っているようだ。受付の女の人に幾らですか?と聞くと「三千円だ」という。迷わず、入る事にする。

原作は矢代静一という人。女優まりやともこのお父さん?だったかな?うろ覚えの知識。演出は名前も知らない。出演の堤真一やトリビアの高橋克美、きむら緑子七瀬なつみ、西岡徳馬、長塚京三の息子の(名前はど忘れした)とか、割合と知っている出演者。

セットは動くが。出演者にほとんど動きのない芝居。二時間の立ち見は疲れる。同じ会場で昔、コクーン歌舞伎を見たが、あれは立ち見でも問題なく面白かった。写楽考は戯曲は戯曲、セットは豪華、出演者のそれぞれの演技と、バラバラな印象。観客は立ち見も出るくらいだから満員なのだが、何の驚きもない芝居。テレビで見慣れた役者がその役に見えてくることは最後までなかった。残念だったが、久しぶりに劇場に行ったという高揚感だけを抱いて、その場を後にする。

東京では日常的にこのような芝居が行われている。芝居の出演者はテレビでおなじみの人たち。その人たちを見るために劇場は埋まる。テレビは宣伝媒体として劇場の先鋒を担っている。劇場に来るお客さんは、例えば腰巻きを手ぬぐい代わりに使用するというような古典的な笑いにすら、きちんと反応する。安心を笑っているのだろう。笑いが飽和状態の世の中だという。その時代ですら、人々はたわいのない笑いまで貪ろうとしている。

テレビは役者を駄目にするのかな?それとも今日は演出家が駄目だったのかな?といろいろと考えてしまう。いい芝居を見た後には、あまり考える必要はない。駄目な芝居には考える要素が沢山ある。劇場は人が集まって初めて劇場である。お芝居がやられているだけではそこは稽古場になる。観客が埋まってこそ劇場であることはわかっているのだが、なぜこのような芝居が観客で埋まるのかということがさっぱりわからない。テレビの効果だろう。おなじみの人たち、という安心感が人を呼び寄せるのだろう。

などととりとめなく、いろいろなことを考えながらそのとき渋谷の黄昏に確かに僕はいました。それはそれで、まあ楽しかったです。
by nakadachi2 | 2007-04-16 07:05 | Theater | Trackback | Comments(0)
WINDOW
久しぶりに純粋に舞台を見に行った。この仕事をやっているとどうしても「やる」方が「見る」方よりも多くなってしまう。それでも、時に気になる舞台はチェックしておきたい。今回見に行ったのは北加賀屋のブラックチェンバーというスペースで行われた。オーストラリアの舞台「WINDOW」だ。舞台には数本のレールが敷かれている。舞台奥にはトンネルの形状をしたスクリーンが設置してあり、そのスクリーンのしたからレールに乗って様々な道具が登場する。日本ではまだあまり映像と芝居ががっぷりと組みあがった作品をみないが、世界ではこれが当たり前である。単なる映像としてではなく、数台のカメラで主人公の内面をあらゆる角度から検証していくためのツールとして用いられる。その他、人形や影絵などありとあらゆる手法を盛り込んだ舞台。役者は二人。だが、片方の男が扮装を変えながら何役も兼任する。おそらくこの演出家は、さまざまな舞台をよく見ている人なのだろう。役者の演技も自然で引き込まれた。この作品は制作に4年をかけて何カ国にも渡る共同作業であったそうだ。舞台上に出てこない裏方やスタッフの努力は想像に値する。本当に大変そうな舞台なのだ。残念だったのは字幕が上方にありすぎ、そちらを見ていると役者の芝居が見えない位置であったということ。公演場所が場所だし、内容も地味なのでお客さんの入りが悪かったこと。終演後の拍手もまばらであったことなど。4年の歳月をかけた作品で、なおかつ、オーストラリアから運んできた作品があのような扱いでは、やっている方も甲斐がないだろうなと正直心配になった。しかし、内容如何ではなく、あのテクノロジーを見ているだけでも参考になる。だって、リモコンで同期のカメラが動くんだぜ。だけどあれ、やるのは大変だろうなあ。
by nakadachi2 | 2006-10-09 07:26 | Theater | Trackback | Comments(0)
人間と動物のあり方
のんびりと一日過ごしたわけではないのだけれど、なんとなく土曜日はお休みって感じなのだ。雨も降っていたし、犬の散歩も大変である。犬と暮らし初めてわかったのは「こちらの気分や調子なんて関係なしに、犬には散歩が必要だ」ということである。飼い主になるためには、それだけの責任がある。責任をとらずに飼い主になってはいけない。自分の都合ではなく、あくまで犬優先でなければならない。

動物と人間を描いたドラマ「旭山動物園物語」が昨日オンエアされた。実在の動物園をモデルに実在の人物を脚色して作られたドラマ。旭山動物園はTVなんかで見ていて興味があったので見てみた。

見終わって「これはドラマじゃなく、ドキュメンタリーにした方が良かった」と感じた。二時間ドラマでほとんどがナレーションで構成され、無理矢理意味ありげな台詞を伊東四朗に連発させ、その度に感動的に思える音楽を流すという手法はとてもあざとい。合間に入る「北の国から」を模倣した北海道の映像。必要のないキャラクターだが視聴率稼ぎに必要な二人の新人俳優など、どれもテレビ局の意向を反映した粗雑な作りで、ドラマとしての葛藤、人間関係の構築などにかける。これを全くのフィクションとして構成して、緻密に連続ドラマに仕立てた方が良かったのではないか。つまり、二時間という尺が、どうにも中途半端な印象なのだ。旭山動物園の実際の映像はとても素晴らしいだけに残念だ。動物たちの間近で見る魅力とふれあいの楽しさ。飼育係達の「理想の動物園にかけるおもいとアイデア」が行政を動かして予算を勝ち得るくだり。死に体の動物園から全国一の動員を誇る動物園への変遷などは、参考になるものであり、興味深かった。企画立案情熱がいい仕事をつくるという基本原則。夢をあきらめないでという岡村孝子の歌みたいな感じでした。テレビ局の職員も夢をあきらめないで良いドラマを送り出してくださいね。
by nakadachi2 | 2006-05-14 06:40 | Theater | Trackback(1) | Comments(0)
意識して芝居をみている
ここんとこ、観劇をする機会をもうけている。一本は「幽霊はここにいる」琵琶湖ホールで、安部公房の作、串田和美の演出。幽霊を何と読むかがこの作品の主眼。今なら株、古くは土地ということになるのか。人間の愚かしさを風刺した作品。昔の作家は本が丁寧。もう一本は「罪と罰」ドストエフスキーの原作を幕末に置き換えた野田作品。今回は以前の初演より、テキストを中心に丁寧に作っていったそう。イスなどの小道具を幾様にも置き換えて、場面を表現する。こちらはシアターBRAVAで。

例によって感想は書かない。
by nakadachi2 | 2006-02-18 07:29 | Theater | Trackback(2) | Comments(0)
舞踏を見に行く
精華小劇場に知り合いの舞踏を見に行く。知り合いに舞踏家がいるというのも、改めて考えれば不思議なことだ。ロクソドンタブラックで「ダンスの時間」をやっている関係で、随分、その筋の方々とお知り合いになった。踊りを見ているといつも「人はなぜ踊るのか」という疑問と「それをなぜ見るのか」という疑問が頭をもたげてくる。そこには言葉がない。意味を持たない。テーマもよくわからない言葉で書かれている。それでも人は踊りを見る。不思議だ。そこに人は何を見ているのだろう。舞踏はあまりよくわからないのだけれど、今日見た由良部さんと大野さんの作品はとても良かった。舞踏ってロマンチックだなあと思った。僕が初めて舞踏らしきモノを見たのは、京都のライブハウスで働いていた頃で、そこの店で白虎社を見たのが最初だった。初めて見たせいもあったのかもしれないが、それにはとても興奮した。こんなのやられてたら、音楽はぼろ負けだよなとつくづく思った。それから少なくない月日が流れて、今、僕は白塗りの舞踏家達と仕事をしたりしているのだから、人生って先の展開がほとんど見えないね。あの頃、僕は音楽をやっていた。今は演劇を仕事にしている。自分の中ではあまり代わり映えしないのだけれど。

舞踏を見ていた会場で、あの頃音楽をやっていた知り合いに会った。彼女は今、ダンスをやっているそうだ。狭い世界だ。正直、彼女は少し疲れているのかなという印象だった。僕はまた電話してよと言い残して、すぐに会場を後にした。電話はきっとかかってこないだろう。時というのはそういう風にして流れていく。今日は暦の上では春だったがとても寒い一日だった。二十年ぶりの寒波が関西を襲ったそうだ。小学校を改造したという劇場は温かかったが、外に一歩出ると、身体中の熱を奪い取られる感じがした。

駅に向かって足早に歩きながら、今、自分が過ごした時間について考えていた。いつのまにか音楽は終わっていて、それでも人は踊り続ける。それが何故なのかはわからないけれど、少なくとも僕はこれからもその踊りを見てもいいと思っている。
by nakadachi2 | 2006-02-05 07:56 | Theater | Trackback(1) | Comments(0)