身体の調子を見ながらゆるゆるとやってます。
ほぼ一月ずっと続いた出張期間を経て、少し体調を崩している。風邪ぎみで、軽い咳が止まらない。それでも寝ているほどではないのでいろいろとやっている。夏のフェスティバルの準備も、やっと海外作品が出そろい、予想よりも意外と華やかな顔ぶれとなった。それというのも、今年は予算を縮小してのぞもうとしていたので(これは大阪府の財政状況逼迫によるもの)、あまり派手には出来ないだろうと考えていたのだが、それはそれで、状況が変わればいろいろと違う方面から助けをいただくことが出来て、今年も過去二年以上の規模で開催できそうな運びとなってきた。こういうのって、巡り合わせというか、運というか、機が熟してきたというのか、本当に不思議である。今年の夏のフェスティバルは会場も変更されるので、また詳しくは以下のサイトを見ていただきたい。今はまだ情報が古いけど、4月を越えたら新しくなります。

Tactan2009のサイト↓
http://www.tactan.jp/

ちなみにトップページに記載してある期間も延長されることになった。実際、今年の日程は7/25(土)から8/2(日)の9日間である。参加団体も多くなりそうで、今年も忙しくなりそうだ。



昨夜はロクソドンタブラックのマンスリー音楽イベント「音ノカタチ」の第一回目が、催された。創作和太鼓集団「黒拍子」の音世界に、久しぶりにどっぷりと浸かった1時間半。濃厚で豊かな時間を過ごした。太鼓が好きであれどうであれ、こういう質の高いイベントが毎日のように催され、それが国なりの援助を受けて、手に取りやすい料金で提供される日が来たら、それは人間の日々の営みをどれほど豊かにしてくれるのだろう。そういうことを考えていた。文化というのは人の生活レベルで隔てられるものであってはならない。人間が人間らしく生きるために、あたりまえに等しく享受されるべき事柄である。それは医療や教育などと同じようなレベルで、誰もが触れられるものであるべきだ。けしてそれは個人の好き嫌いなどで片付けられる問題ではない。教育を好き嫌いでは片付けられないように、文化は素養として個人が受け取るべき権利なのだ。それがその人そのものを物語ることになる。教育と同じように。



ライブの直前、カフェに出向き、一人でラテを注文して飲む。冷えた身体にあたたかなラテが優しい。カフェも文化だ。けして絶対に必要なものではないが、それが人々の生活にアクセントと安らぎを与え、活力を与える。本来、劇場に出向くと言うことは、カフェに出向くことと同じくらい気軽で無くてはならないと思う。

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惜しむらくは、日本のカフェは混みすぎているように思う。どうしてなんだろうか?謎だ。それで、学校終わりの高校生達に席を明け渡すように店を出た。右手にはまだグランデのカップがある。それだけで、心までまだぼんやりとぬくもりが残っているようにおもう。
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by nakadachi2 | 2009-01-29 10:54 | TACT/FEST