オランダは、ユトレヒトに行った!ミッフィーちゃんに会えるかな?#13
昨日は雨が降っていた。こちらに来てから一番の雨量だ。さすがにカメラを取り出すことは出来なかったので、久しぶりに文章だけの更新となる。

オランダの芝居も一日三本くらいづつ毎日観ている。さすがにこれだけ見ていくと一つの傾向のようなものが見て取れるので、共通項を箇条書きにしてみる。

・役者は比較的、正面を向いて観客に対する形で芝居をする。
・台詞量は非常に多く、言葉はオランダ語である。
・言語に対するオランダ人の感覚は敏感で、詩などを愛している様子からも見て取れる。
・詩が題材になる芝居も多い。
・題材としては社会的通念に対する疑問などもテーマとして多く見られる。
・芝居の中に破壊的なシーンを盛り込むことも多い。
・音楽は生で演奏されるケースが多い。
・役者は歌えたり演奏したりできる。またその逆で演奏者が台詞を言うなど、境界があいまい。
・映像などはそれほど多用されてはいない。
・主に人間劇が多く、これが児童青少年向けかと思うほど、大人向けの演劇と大差がない。
・セットはシンプル。
・大袈裟な演技はしない。
・暗転はない
・場面は観客に説明されながら照明変化もなくすぐに変わる
・発声は自然。囁き声も良く聞こえる
・見切れなどはまったく気にしない。
・舞台上に出演者がほとんど出ている。

上に書いたようなことは、どこの舞台でも共通している部分である。次に覚え書きとして劇場の共通する特徴についても書いておく。

・劇場は一つ、ないし二つが同じ建物に入っている。
・主に100名から150名くらい収容の小劇場である。
・内部はほとんどが黒で統一されている。
・高さがある(5M〜7M)。
・照明設備は少なめ
・椅子は常設で舞台を見下ろす形状
・カフェが必ずあり、アルコール類も出されている。カフェは公演のない時でも営業する。
・入口のドアはとてもシンプルで一枚物。
・受付などはない。
・チケットをもぎるだけ。
・入口で当日券のやりとりはない。
・開場時間は開演時間とほとんど同じ。
・開場して席に着いたらすぐに舞台が始まる。
・舞台前のアナウンスなどはない。
・携帯電話は当然、みんな自主的に切っている。

こう書いていくと日本とのあまりの違いに愕然とする。しかし、これが本当に合理的でシンプルで余計なサービスが無く、心地よいのである。

サービスをする側とされる側にはっきりと別れている日本と比べ、海外ではサービスをする側とされる側は対等であるという意識が強い。される側は客だから上という感覚は海外では通用しない。アメリカなどはサービスをする側の方が上に立つ。その点、ヨーロッパはとても自然で見習うべきだ。日本の過剰なお客様意識は一種異常な精神状態だと思う。

サービスを過剰に求めるという人間は、単に甘えただと思う。こちらのスーパーでは袋などは当然ない。もちろん有料なものは売っている。それはエコなどと言うお題目だけの考えではなく、余分な物は必要ないというシンプルさである。生活がシンプルなので長く使える良い物を持つという考えも徹底している。使い捨て文化ではないのだ。それこそシンプルライフなどが昨今日本でも言われるようになったが、サービスを求め過ぎる気分こそ最初に排除すべきなのではないか。こちらでは店員と客が対等だが、店員にはいつも笑顔があるし、挨拶があるし、世間話がある。こういうのは本来、サービスではなく、人間として当たり前のマナーなのだ。いつのころからかマニュアル主義が導入され、社会のコミュニケーションが異常な状態に突入していることに気づく必要がある。それには海外に出てみるしかない。昔の日本はこんな過剰なサービスの国ではなかった。昔は良かったなどと語るつもりはない。ただ魚屋も八百屋も当たり前のように客と談笑し、コミュニケーションすることは当たり前であった。ファーストフード、コンビニ、スーパーなどの台頭で見失われたこのことに今また振り返るべきではないか。

これら社会のサービスを過剰に求めるあり方が、日本の小劇場のお客に対する過剰対応にも現れている。客は舞台を見に行くのであって、サービスを求めて劇場にいくのではない。表面だけのサービスなど気持ちが悪いだけである。開演前に舞台監督が携帯電話の注意を促すのもいい加減やめて欲しいと思っている。オランダに来て、いろんな意味で日本を振り返り刺激を受けるという毎日が続いている。
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by nakadachi2 | 2008-04-06 14:17 | TACT/FEST