時間の感覚
カナダの劇場に行くと必ず、開場時間というのはないようなものである。それは、主催者側の都合によりどんどんと変更される。ロビーに人が大勢いようが、遅れているなどと言うアナウンスはない。みんなそれでも文句など言わずそれぞれに歓談している。並ばせたりするようなこともない。開場しようが、我先にと扉に向かって押し寄せる人間などいない。みんな、ゆったりと楽しむために劇場に入っていく。

席についても定刻通りに始まったりはしない。一ベルや本ベルというような事もない、余計なアナウンスもない。ただ、明かりがゆっくりと暗くなり始めると、観客の話し声もひそまっていき、舞台が始まる。無駄なものは一つもない。そこにあるのは静けさと劇場の暗闇だ。

日本だったら、時計を見る人がいるだろう。何度も神経質に読み終わったパンフに再び目を通したりするのかもしれない。でも劇場って、普段の日常の感覚を逸脱するために訪れる場所だと思うのは、自分だけだろうか。誤解を恐れずに言わせて貰うならば、劇場に来たのなら時間なんかはどうだっていいんじゃないかとすらおもう。

話は変わるが、日本に着くと飛行機が着陸した途端、禁止されている携帯を取り出して電源を入れ、話し始める客が大勢いた。狭い機内の通路で、「早くいけ!」と怒鳴る客もいた。誰が急がないように通路を塞いだりするだろう。あの列車の脱線もこういうくだらない日本人の気質というものが生み出した悪夢であったと思う。もう少し、時間に寛容な生き方をすればいい。いったい、そんなに急いで、どこにいこうというのだ?
[PR]
by nakadachi2 | 2005-10-02 06:32 | TACT/FEST