人の温もり
今回の旅で多く感じたのは、人の温かさだろうと思う。ほんとうにみんな気軽に話しかけてくる。日本だったら「なんだ、こいつ?」って感じになるところが、普通にコミュニケーションとして成立してしまう。目が合えば普通に挨拶をかわすのは当たり前だし、道で困っていたら、「どうしたの?」って誰かが声をかけてくれる。日本だって今でも、田舎ならそうかもしれないけど、都会ではあり得ないと思う。疑心暗鬼で、こいつはどういう奴なんだ?という目を常に人に向けている。だが、今回の旅で僕が感じたのは人の温かさだった。そういう僕も、おかえしにというか何度か人に小さな親切をすることができた。劇場に向かう途中、坂道でうずくまって動けなくなっていた老人を助け起こしたり、足の不自由なおばあさんに手を貸したりした。いくつかある、そうしたエピソードの中でも、一番驚いたのはスーパーで買い物をしていたときに起こった、ある出来事だった。前にいた中年の白人男性が、突然、押していたカートにしがみつくような形でずるずると倒れそうになったのだ。僕は彼の背後にいて、瞬間的に彼の身体を支えたのだが、すでに彼の意識は混濁していて、店内は暑くもないのに身体にはびっしょりと汗をかいていた。「大丈夫か!」と声をかけるのだが、返事はない。そこへ偶然店の男性が通りかかって、無線でセキュリティーを呼んでくれた。だが、彼はもう立ち上がっても居られない様子で、僕は彼をゆっくりと床に横たわらせた。彼の身体はけいれんをはじめ、いびきのような音を出したかと思うと、口からぶくぶくと泡を吹き始めた。僕はこの時、人間というのはこうやっていなくなってしまうんだと思った。スーパーで買い物をしているようななにげない日常の中で、突然に死んでいくものなのだ。カートにはおそらく彼が食べるつもりだった食材が入っていた。横たわったままの彼の顔は、見る間に赤青黒く膨張を始めたようだった。そこへわらわらと店員達が集結してきたので、僕はその場を離れた。どうせ、ついていても何も出来ない。英語でろくすっぽ説明もできない自分を恥じながら、遠巻きに彼の様子を伺っていた。だが、しばらくすると、彼はなんとか意識を取り戻したようで、ちゃんと座った状態で店員達と何事かを語り始めた。そこへ担架が運ばれてきた。彼はそこに乗せられ、どこかへと運び去られていった。行く先はおそらく病院になるのだろうか。彼が一命を取り留めたという安堵感が、なんとはなしに周囲に漂っていた。彼の姿を見て僕はてっきり脳梗塞か何かだと思ったのだが、もしかするとてんかんのようなことだったのかもしれない。ああいうことは彼にとってよくあることなのかもしれない。その時、僕は自分が中学生だった時の、あの同級生の姿を思い出していた。彼もよく引きつけを起こし、周囲は彼が舌をかみ切らないようにとハンカチを口に押し込んで、身体を押さえつけられていた。そんなおぼろげだった記憶が、頭に浮かんではまたすぐに消えた。

坂道にうずくまって動けなくなっていた老人。僕の目の前で崩れ落ちるように倒れた男性。僕は実際にその手で人の重みを感じ、命のぬくもりを感じ、助け起こそうとしながらも自分の中にある、あまりにも巨大な無力感を感じ続けていた。これら、いくつかの偶然に起こった出来事は、なんにつけ自分の中に示唆的な状況を呼び起こした。僕はどこかで誰かに求められ続けているのかもしれない。そう思わずにはいられなかった。そこで無力感に打ちのめされながらも、それでも僕は何かをすくいおこそうとしている。それがただ、自分に科せられた、たったひとつの事なのだとわかっているから。
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by nakadachi2 | 2005-10-01 05:30 | TACT/FEST