集団と個人のあり方
パパタラの最終公演を観に、東京まで飛んで来た。一口に最終公演と言ってもすごいことだ。三十年間やり続けて作って来た作品は50本以上。それも、身体表現をベースに置いた、演劇ともダンスとも呼べないまさに「パパタラ」という作品群。これは偉業だと言える。そもそも、作品というのは作る事よりも作り続ける事の方が難しいのは道理。それをやり続けるのは執着というか、エネルギーの固まりというか意思というか、何者かに突き動かされる情熱というか、そういう物が感じられるもの。パパタラ主宰の小池さんからも同様な凄みのようなエネルギーを感じるのだ。その人が一つの団体にピリオドを打ったというのは大変なこと。またそういう機会に立ち会わせてもらったのはしあわせだった。

最近、東京に月二日のペースで足を運ぶようになっている。こういうのも仕事の変化かもしれない。東京に行くと猛烈な勢いで人に会い、話をし、プランニングをする。そういうのも結構楽しい。昨年、劇団キオの代表を辞して、集団に依存しない形で退路を断った。これはなにも団体を捨てて個人になろうということではない。ただ純粋に自分を必要としてくれるなら必要としてくださいということだ。今は芸術監督として劇団に請われる形になっている。僕がもし代表を続けていたなら、もしかしたらいつか芸術的に枯渇して劇団に寄生する事になるかもしれない。そうすれば劇団は芸術としての新しい形を見つける事ができにくくなるだろう。そのことを避けて、純粋に芸術的に求めていただけるならいつでもやりますよと関係を作っておきたかったということなのだ。その分、真剣を合わせる形で劇団員と対峙することになる。おそらく我々にはそういう緊張感が必要だった。

劇団キオのなかで自分はすべての決定権を担う存在であった。ある集団を長い間一人の人間が率いるということは、どうしても澱のような物がたまってしまう。今はそうではないにしても将来そうなっていくことはそういう事は容易に想像がつく。創作も仕事のやり方も集団も含めて変え続けていく事ができにくくなる。新しいやり方にチャレンジする度に反発のような感情が生まれてくる。変えたくないという感情は、怠惰を生む。そういう状態を僕は許す事ができない。それは、けして集団のためにも個人のためにもならないと思う。だから、変えなければならないのだ。だから変えたのだ。それは一度トップを背負ったものの宿命でもある。いまこういうことを考えたのも、今回小池さんの楔を打ち込む瞬間に立ち会ったからかもしれない。

ともあれ、KIOは新しい形で走り出している。これから先に、あのタイミングがベストだったと言われるように、自分ももっとがんばらなければならない。楽しんでいこう。
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by nakadachi2 | 2012-04-02 04:28 | KIO